病気の話

熊本市民病院 首席診療部長(乳腺内分泌外科) 西村令喜

はじめに

 現在わが国では、約16人に1人の女性が乳がんになっており、女性のがんの中で罹患率一位であり、熊本でも例外ではなく最も多い悪性腫瘍となっています。海外においても乳がんの患者さんは増加していますが、死亡率は日本と違い1990年代から下降しています。この原因はマンモグラフィによる乳がん検診の普及と術後に行う治療の標準化と考えられています。

 現在、乳がんの治療は大きく変わろうとしています。即ち、内分泌療法とハーセプチン療法のいわゆるターゲット治療が乳がん治療の中心となっており、さらに新しい薬剤が今後導入され、ますます、乳がんの治療から目が離せない状況になっています。今回、こういう乳癌の診断と治療における最近の動向について解説したいと思います。

1. 診断

 以前の乳癌の診断は触診でなされることが多かったわけですが、最近では手術例の多くで触診では全くわからないというケースが増えています。その多くはマンモグラフィ検診で発見される微細石灰化で、細胞診や針生検、マンモトームを行い診断がなされます。また、小さな超音波での腫瘤像やマンモグラフィでの構築の乱れなど、触診であれば見逃す例が増えているのも事実です。しかし、やはり重要なことは自己検診も含めた触診であると言えます。例えば、炎症性乳癌といって、あたかも炎症を思わせる皮膚の発赤、腫脹、硬度の増強といったしこりを作らないタイプがあります。これはマンモグラフィや超音波では診断が難しいことがあります。こういうタイプでは触診は重要となります。

1) 問診

 まず年齢では、乳がんにかかる人はこれまで45-50歳で最も多くなっていましたが、最近では60-65歳とやや高齢の方も増えています。

  1. 患者さんのこれまでにかかった病気の種類や内容、現在の状態などは、診断や治療の大きな手がかりとなる重要な情報です。
  2. 問診では、主に次のようなことがたずねられます。
    • どんな症状があるのか?
    • 症状にいつ頃気がついたのか?
    • これまでに乳がんにかかったことがあるか?
    • 母親や姉妹に乳がんにかかったことがある人がいるか?
  3. 乳がんの発症には女性ホルモン(エストロゲン)が大きく関連しており、女性ホルモンが分泌される期間が長いほど乳がんにかかりやすいといわれています。未婚、初産年齢30歳以上、閉経年齢55歳以上、肥満などが危険因子です(ホルモン感受性乳がんにおいて)。

2) 視触診

  1. 乳房の大きさや形  ・左右の乳頭の位置  ・皮膚の状態  ・乳頭からの分泌物の有無
  2. 次のような点を観察します。
    • しこりの有無
    • 乳頭からの分泌物の有無
    • しこりを触れた場合はしこりの大きさ、形、硬さ、表面の状態、可動性などをチェック

3) 最近の診断の考え方

 診断で重要なことは乳癌であることのみならず、その性格診断、そして拡がり診断です。性格は前述しましたように、予後を反映するものであり、おのずと治療法、対応も決まってきます。また、拡がり診断では近年乳房温存手術が普及してきたことと関連していますが、まず乳房内の正確ながんの拡がりを把握し、切除範囲を想定し、温存手術が可能かどうかの判断を行います。

 厚労省の方針を踏まえ、マンモグラフィ検診が全国で始まりましたが、まだ検診受診率は10%-20%台と低迷しています。これを残り2-3年で50%に上昇させることが当面の目標となっています。しかし、かなりの困難さを伴うことが予想されます。大切なことは啓蒙であり、次いで精密機関のさらなる整備です。正しい診断がなされてはじめて、治療が始まるからです。この点に関しては皆様とともに協力し、受診率向上へ向けての検討を行っていきたいと考えています。

2. 手術法

 現在、わが国では乳房温存手術の割合は50%を超えており、温存手術は十分に標準治療として認知されています。そのためには術前の拡がり診断とともに、術中、術後の病理診断は欠かせないものとなっています。また、術後の放射線治療もまた標準治療として多くの症例で行われており、乳房内再発の予防、減少に寄与しています。

 また、センチネルリンパ節生検もまた多くの施設で行われており、すでに標準治療となっています。これはセンチネルリンパ節生検により無用なリンパ節郭清を省略することで、QOLの維持向上に努めており、以前とは隔世の感があります。

3. 薬物療法

 乳癌の特徴の一つはホルモン依存性があることです。この指標になるのがエストロゲンおよびプロゲステレロンレセプター(ER.PgR)の有無で、免疫染色にて決定されます。ホルモン感受性の程度もその染色性、割合、ERとPgR陽陰性の組み合わせや他のBiological markerなどから推定され、適切な治療法選択が行われています。

 化学療法の有用性に関しても多くのエビデンスがあり、CMF、アンスラサイクリン系、タキサン系薬剤などを症例に合わせて用いています。

 近年脚光を浴びているのが分子標的治療で、代表的なものがハーセプチン(Trastuzumab)です。再発治療で多くの症例に用いられていましたが、術後に用いることで、再発リスクを約半分にするというデータが示され、術後の補助療法として承認されています。

 さらに近年増加しているのが、術前治療です。3cmを超える大きな腫瘍や明らかなリンパ節転移を認める場合に化学療法を行い、乳房温存手術を可能にするばかりでなく、薬剤の反応性が確認でき、臨床研究の面でも注目されています。今後もますます増加することが予想されますが、そのためにはより奏効しやすいタイプの見極めが重要と考えられます。

4. 手術後のリハビリテーション

 手術後は、腕や肩が動かしにくくなりますので、運動機能を少しでも早く回復させるために、手術直後から軽い動作のリハビリテーションを始めます。ただし、あくまでも患者さんの手術の状況や体調の回復に合わせて行います。

 手術後3~4日頃までは、じゃんけんをしたり、指を1本ずつ折り曲げたり伸ばしたり、タオルなどをしっかり握ってみたり、ひじの曲げ伸ばしなどをゆっくりすることから始めます。

 手術後3~4日から1週間前後には、ひじと手の運動を行いながら、少しずつ肩関節を動かす運動を取り入れていきます。両手を組んで同時に上げ下げしたり、ボールを両手ではさんで力を入れたり、手術した側の手首を反対の手で握って上に引き上げたりします。

5. リンパ浮腫対策

 わきの下のリンパ節郭清を行った場合、リンパ液の流れが悪くなって手術した側の腕や手がむくむ(浮腫)ことがあります。リンパの流れを手助けしてむくみを軽減する方法のひとつにマッサージがあります。1日3回、1回15分程度を目安に自分でマッサージします。マッサージには色々な方法がありますが、たまっているリンパ液を全身にいきわたらせる誘導マッサージはリンパの流れを活発にする方法のひとつです。空気圧を利用した波動マッサージ器も効果的です。

 腕全体を強く圧迫して締める「腕用圧迫包帯」(上肢用スリーブ)も有用です。これは、外側から強い圧力を加えることにより、リンパ液がたまるスペースを少なくし、マッサージなどで腕の状態を維持することを目的としたものです。上肢用スリープをつけて腕を動かすことによってマッサージ効果も期待できます。その他、寝るときには手やひじを心臓より高い位置に保つこともむくみの予防になります。

おわりに

 このように乳癌の診断と治療は大きく様変わりを見せており、今後も新しい薬剤の開発など目が離せない状況であることに間違いはないと思われます。今後とも乳癌への理解と関心を持っていただければ幸いです。よろしくお願いします。